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第13回 情報リテラシー論レポート

・画像認識の技術と流出問題

ここ1年間で撮られた写真の枚数は、これまでの歴史の中で撮られた総数の1割にものぼるという。1割というとなんだか微妙だが、総数は3兆5000億枚、そのうち1割だから3500億枚がここ1年で撮られたということになる。

一体どうやって集計したのかは定かではないが、今やゲーム機にすらカメラが標準搭載されている時代である。ゲーム感覚でパシャパシャ撮っていればこれだけの枚数にものぼるかもしれない。

 

思えば、僕らの世代は写真と身近である。スマホは言うまでもないが、子供の頃はお下がりのガラケーで写真を撮り、お下がりのデジカメで写真を撮ってきた。ちょうど良くお下がりが手に入るという世代だったのである。(余談だが先日SDカードやパソコンを整理していたら、2009年くらいの写真がごっそり出てきて懐かしくなった。)

しかし、ただ単にお下がりが手に入った世代というだけではない。DSi3DSには標準でカメラ機能が付いていて、それを生かした遊びが最初から内蔵されているのである。本体の性能はそれほど高いわけではないものの、顔を認識して似顔絵を作成したり、写真の口が開いたり目が閉じたり表情を作ったりなどの、簡易的だが顔を認識する機能すら標準で付いている。ゲームによってはプレイヤーの顔を記録して、本人以外がプレイできないというものさえある。遊びに使うための枯れた技術として顔認識技術が搭載できるほど、顔認識というのは身近でありふれたものになっている。そして、それが直撃した世代だったのである。

 

当然スマホにはゲーム機よりも性能の高いものが搭載されている。しかも、携帯電話は今や必需品になっているために、ほぼすべての人が写真や加工に触れる機会を得たということになる。もともと慣れ親しんだ写真が、高性能で気軽に撮れるようになったのだ。そりゃ1割にもなるわけである。

 

 

今挙げたゲームの例では顔を認識してくれるというものだったが、実のところ「顔のようなパーツがおよそ並んでいれば顔と判断」するというものなので、それほど高度なものではない。

では2016年-2017年において画像認識の技術はどこまで進んでいるかといえば、

 

かざした商品の見た目を判別して検索できるアプリや、

 

スキャンしたフォントがなんという名前なのかを検索できるツールなど、

認識したものを元に既存のものを探すものがほとんどであるが、さらに進んで、

認識したものを元に新たなものを生み出す試みも行われている。画像の高画質化だ。

 

徐々に手間のかかる複雑なことを機械に任せられるようになってきたからこそ、人間だからこそ人間にしか生み出せないものを大切にしたいものである。